猫屋仲見世通り

カテゴリ:創造の森( 14 )

遠雷

夏ですね。
容赦なく夏です。
水分が足りずにぜいぜい言いながらの出勤です。

さて、夏と言えば雷なのですが、私は昔から雷は怖くないのです。(地震はだめなのですが。)
空が光るというファンタジーに、いつもぞくぞくとしながら窓にかじりついている子供でした。

--------------------------------

ひどく不愉快な夢を見たのに、内容を忘れてしまった午後。
神の銅鑼が空いっぱいに鳴り響く。

雲間からもれる、フラッシュライト。
小さな龍が泳いでいくように、光が散る。

屋根裏から梯子をかけて、天窓を開けて屋根を登る。
雨が嫌いなはずの君も、なぜか一緒にやって来た。
その涼しい鈴の音とともに。

避雷針にそっと寄り掛かって空を仰ぐ。
蜘蛛の糸のように柔らかな霧雨が、私たちを抱き締めるように閉じ込める。
猫が喉を鳴らすように遠く響くその音を聴きながら、私はうっとりと目を閉じる。

あの青白い光の帯にくるまったら、どんな気分がするだろう。

でも私は決して避雷針(安全圏)を離れない。
約束されたスリルをお手玉にするのはずるい?

だって避雷針(安全圏)に寄り掛かって眺める雷(危険)の魅力は格別。
知恵の実を食べたなら、知っているでしょう?

それでも時折、あの光り放つ雲の海にダイブしたい衝動に駆られてしまう。
そんなささやかな自虐をそっと抱えているくせに。

ずるいね。
やっぱり君の濡れた毛並みや、滴をたたえる髭や、ゆらゆら揺れる尻尾を眺めて安心したりしているんだ。
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by nyankoya | 2006-07-04 09:44 | 創造の森

Nosegay

着実に夏に近付いています。
空気の匂いとか。
街行く人々の纏うそわそわした感じとか。
植木の緑とか。

季節の移り変わりは空気を震わせるので、すぐにわかります。

実は暑いのは苦手なのですが、刻々と変化していく季節を感じるのは嫌いではありませ
ん。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

駅近くの花屋で立ち止まる。
幅が狭くて、奥行きもない、でも素朴で品がよくて、ついでにセンスもいい。
レジとカウンタを兼ねた小さな机にはいつも葉っぱとリボンが散乱していて、眼鏡の若い男が座っている。

何も買わずにただ花を眺めていても何も言わず、
少し迷っている人には控え目で適切なアドバイスをし、
目的がある人にはそれに見合った以上のものを実に鮮やかに作ってしまう。
そんな男だ。

僕は彼の店と彼と彼の作る花束や鉢植えの押し付けがましくないところを、とても好ましく思っている。

約束まであと45分。
今日は君に花を買って行こう。

薔薇、百合、ガーベラ、猫柳に真っ白いカラー。
君にふさわしい花。
でも、問題がひとつ。

「何かお探しですか?」
温和で洒落た黒ぶち眼鏡。

「ええ、彼女に花を…ええとこれは?」
僕は紫の花を指差す。
「それは菖蒲です。葉っぱはお風呂に」
「ああ、菖蒲湯。それはだめだな」
「だめ、ですか」
「ええ、3年前に彼女のおばあちゃんが菖蒲湯で溺れて死んだ」
はあ、と彼は腕組みをした。
「それはいけませんね。験が悪い。では向日葵は?小振りでかわいい品種ですよ」
黄色い小さな向日葵を示す。
「向日葵もよくないな。初恋の人に振られたのが向日葵の下だったらしい」
だから彼女は夏に小学校の前を通ると、決まって忌々しげに、あの健気に太陽を追いかける花を睨み付けるのだ。
「ぽんぽん菊は」
「盲腸で入院した時にお見舞いで貰った花束の中に蜂がいた」
「どこかを刺されたんですか?」
「鼻を」
ああ、と彼は眉を寄せた。
それ以来しばらく彼女は『ドナルド』と呼ばれていたらしい。
あひるではなくて、ファーストフード店の前に立っているピエロの方だ。

「じゃあかすみ草」
「彼女の部署のお局の名前が香澄だ」
「カーネーション」
「去年お母さんを亡くしてる」
「ミニ薔薇」
「彼女の前の旦那が好きだったんだ」
「波乱万丈な人生ですね」
「ああ、まだ若いんだけどね」

「…」
「…」

「あの、もしかして彼女さんは…」
彼は眼鏡を押し上げながら、申し訳なさそうに訊いた。
「うん。花が嫌いなんだ」

「…」
「…」

天使が大挙して僕たちの間を通り過ぎる。
通行人のおばさんがくしゃみをした。

「できれば好きになってもらいたいと思ってる」
「花を?」
「そう、花を。だって、ものごとの悪いところしか見えないのは悲しいじゃないか。
今や彼女は花柄のスカートさえ嫌っているんだ。きっと似合うのに。いや、絶対。
たまたま花にまつわる嫌な思い出が多いだけで」
「花に罪はない」
僕の言葉尻を引き受けて、彼はにっこりと笑った。
そしてカウンタの向こうへ上半身を突っ込むと、小さな鉢植えを引っ張り出して僕に示し
た。
「さぼてん?」
彼はうなずく。
「大事にしてやれば、そのうち花が咲きます」
そうか、と僕はその小さくとげとげしい姿を見つめた。
「まずはこの辺りから始めてみればいいんじゃないでしょうか。
花に嫌な思い出があれば、またひとつずついい思い出に塗り替えていけばいい。そういう風に僕は思います。だから、手始めに…」
「さぼてんに花を咲かせろって?」
「お二人で水をやって。きっと咲いたら楽しいです」
眼鏡の奥の瞳が、賢い牧羊犬のように真摯に僕を見つめていた。
「楽しい思い出に塗り替える、か…女性を口説くには、ちょっと陳腐じゃないかな」
彼は肩をすくめて苦笑した。
「陳腐ですよ、人はみんな。だからいいんです」

「そうかな」
「そうです」
力強くうなずく。
私も笑ってうなずいて、それから彼はサボテンを透明なフィルムで包んで、きれいな赤いリボンをつけてくれた。
紙の手提げに入れられたそれを受け取って、僕は彼に礼を言った。
彼は照れたように眼鏡を押し上げ、またお越しください、と頭を下げる。

幾分晴れやかな気持ちで駅に向かって歩き出す。
そこでふと、思い立った。

「あのさあ」遠くから呼びかける。
牧羊犬の瞳が振り返る。
「二人じゃなくて三人なんだ。彼女には娘がいる」
彼は一瞬きょとんとして、破顔した。まるで夏空のような笑顔だった。

「お気をつけて!」大きく手を振ってくれる。


約束まであと30分。
きっと花は咲くだろう。
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by nyankoya | 2006-06-20 10:41 | 創造の森

雨月

東京は梅雨入り宣言をするとかしないとか。
はーもうそんな季節かぁ、と窓の外を眺めようとして、今の事務所が地下にあることを思い出したり。
雨だか晴れだかわかりゃしませんよと。

このくらいの季節になってくると、なぜか子供の頃に聞いた怖い話を思い出すのです。
怪談は夏、と相場が決まっていますが、
梅雨の雨に塗り込められた夜に聞く方が、何倍も怖い気がします。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

あら、おかえりなさい。
どうしたの、なんだか顔が蒼いわよ。
上着も脱がないで、そんなとこつったってないで手でも洗って来たら?
ご飯食べるんでしょ?

…やぁねぇ、一体なんだって言うのよ。トイレくらい一人で行きなさいよ。
…えぇ?裏のお社を通って来たの?
あんたあそこは夜は気味が悪いからっていつも表通り回ってくるじゃない。馬鹿ねぇ。

あの話?
なんでそんなの今聞きたいのよ。ご飯食べてからにしてよ…わかった、わかったって。もぅ、変な子ねぇ。

えーとねぇ、私も昔聞いたきりだからなぁ。
裏の社にたまに、たまーにね、探し物をしてる人がいるのよ。
…さぁ。私が聞いたのは柘植の櫛を探してるってやつだけど…。
煙草屋のアイ子から聞いたのは、懐中時計だったわね。
とにかく誰かが探し物をしてるのよ。
それはご町内の誰か知ってる人なんだけど、誰だかどうしてもわからないの。
で、その誰かに知りませんかって聞かれて一緒に探してあげると。
その時一緒に探すのはいいんだけど、先にそれを見つけちゃだめなのね。
なんでも先に目的のものを見つけちゃうと、手渡す時に魂を半分取られちゃうんですって。
…そうよ。半分だけ。死にやしないけど、今度は取られた半分を誰かからもらわなきゃいけないから、もらえるまでお社で探し物をしなくちゃいけなくなっちゃうの。
ずうっとね。

よくある怪談よ。気が済んだ?

…髪の長い、40代後半の?泣き黒子で痩せた体型の?
いたわねぇ、そんな人。よく白いカーディガン着てる人でしょ?わかるわかる。
…名前?
うーんと…あら、なんだったかしらね。思い出せないわ。
会ったの?お社で?
鏡を探してた?
あら、そう…それで?
あちらが先に見つけたのね。そう、よかったわね。別れ際になんて言われたの?

…そう。

平気よ。大丈夫だって。何よ子供みたいに。ただの怪談よ。

さぁ、ご飯にしましょう。着替えていらっしゃい。


いつまでたっても子供なんだから。あの子は。
…あら、袖口が汚れてる。どこでついたのかしら、土なんて。
いやだわ、お気に入りなのに。


この白いカーディガン。
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by nyankoya | 2006-06-05 22:41 | 創造の森

慈雨

東京はもはや梅雨に入ろうかというくらい雨、雨、雨。
気圧の変化に弱い私は、緩い頭痛を抱えつつ、今日も青空柄の傘で出勤です。

洗濯はお預けだけど、頭もどんより痛いけど、雨降りは好きなのです。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

雨の日にビー玉を拾った。
青くて中に虹が閉じ込められた小さなガラス。
かわいかったので持って帰って、小物入れに鍵と一緒に入れておいたら、朝には女の子になっていた。

おかっぱ頭にブルーのワンピースを着て、きょとんと床に座っている。
ちょっとびっくりしたが、時間もないので、朝ご飯を一緒に食べて、鍵を預けて会社に行った。

雨がずっと降り止まない。

帰ると台所が目茶苦茶になっていて、隅でしくしくと泣いている。雨粒みたいな涙。

「ごはんを作って待っていようと思ったの」
うん
「でもシンクが高くて」
うん
「お鍋が重くて」
うん
「お味噌汁ひっくり返した」
うん、いいのよ。ありがとう。でもね、お味噌汁にツナ缶を入れるのはどうかと思うの。
味噌汁とともに散ったツナの残骸を見て、失敗してくれて良かった、とこっそり胸を撫で下ろした。

彼女は気を取り直したようにすっくと立ち上がると、ダイニングテーブルに向かってぽんと手を叩く。
瞬く間に豪華な食事が現れた。
ハンバーグコロッケパスタ刺身寿司七面鳥などなどずらりと並ぶ。
最初からこうすれば良かったのに、と言うと、
「心の問題だもん」
と憤慨する。大きすぎる私のエプロンの肩がずるりと落ちた。

冷めないうちにということで、片付けは後回しにして食事。
彼女は小さい体にどんどん食べ物を詰め込んでいく。
私も負けじと箸を動かす。
おいしいおいしいと言い合って、大きなパンをわけ合って、蟹の殻を剥いてやりながら、食べた。

一通り平らげて、台所の掃除をして、最後にふたりでお茶を飲んだ。

彼女はくいっと湯飲みを傾けて、ぷはぁっと溜め息をつくと、テーブルにちょこんと両手をついて頭を下げた。
「一宿一飯の恩義でございました」
そう言って、エプロンを丁寧に畳んで、玄関から出ていった。

もっといればいいのに。
ずっといればよかったのに。
誰かと食べるご飯はおいしかったのに。

切ない気持ちで玄関を開けると、雨が止んでいた。

またいつか、あのビー玉を拾ったら、今度は一緒に味噌汁を作ろうと思う。
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by nyankoya | 2006-05-18 09:45 | 創造の森

狐の嫁入り

やっとやっと帰りです。
うちの会社は母体がメーカーなので、休みが多いのです。
GWも今週金曜日から10連休。
しかし、休むということは、その前に2倍働くと言うことなのですね。
なんてことだ。巧妙なトリックだわ!

今日はずっと作業してたデータがすっとんでしまい、職場で三途の川の渡し賃を数えてしまったにゃんこやなのでした。

一昨日の東京は、いきなり雷雨のち若干お天気雨でした。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

じいさんと手をつないで歩いていたのだった。
畑道をさくさくと踏む。
じいさんの鼠色のシャツの背中と、私のピンクのズックと。
春の日差しと畑の青と。

風が樹々の香りを乗せて渡って行く。
しわしわでごつごつの優しいてのひら。
見上げた笑顔の、穏やかな皺。

さくりさくり。
春の土の、甘い感触。

ふとじいさんが空を見上げて立ち止まる。
どうしたの、と問う前に、額にぽつりと滴。
鼠色のシャツにも点々と染み。
真っ青に晴れ渡った空から、きらきらと雨が散っていた。

じいさんが私の手をぎゅっと握った。
俺がいいと言うまで声をだすんじゃないよ。
人差し指を唇に当てて、うなずく。

気付けば畑道の両脇に無数の提灯が燈っているのだ。
あっと声をあげそうになって、慌てて空いた手で口を押さえた。
見れば、提灯を持っているのは皆狐で、しっぽを揺らしながら、整然と何かを待っている。

じいさんは不思議に透明な目で私を見下ろすと、おもむろに道の先を指差した。

ちりん。
ちりん。
ちりん。

か細い鈴の音。
そして、しゃん、と凛々しくひとつ鳴ると、花嫁行列が現れた。

すました狐が手綱をひくのは、まばゆいほどの白馬。
背中には角隠しの雌狐。
天からの滴を浴びて、まるで孔雀のように艶やかで、小鳥のようにはかなげな花嫁姿に、私は息を飲んだ。

狐たちは恭しく頭を垂れて、雨に濡れながら、花嫁を送る。

彼らに習ってかくりと首を折った私の前を横切る瞬間、その瞳の、ツルバミのように憂いのある黒を盗み見た。

あれほどにうつくしいものを。

私は。

ただの一度も見たことはなかった。


じいさんにそっと髪をなでられる頃には、もうすっかり雨はあがっていた。

私が狐の嫁入りを見たのは、それが最初で最後だ。
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by nyankoya | 2006-04-27 00:00 | 創造の森

女に向かない職業

子供の頃、ますむらひろしの「あたごおる物語」や、猫十字社の「小さなお茶会」なんかが好きでした。
大人になってからは、稲垣足穂や川上弘美、梨木香歩、村上春樹などなど。
美しくて不思議で実は怖いものが潜んでいる世界が好きなんでしょう。
綺麗事では済まないこの世を淡々と描き出す話が好きなんでしょう。

さて、そんなこととは全く関係なく、
今日は少し創作。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

黒いコートに黒い革靴。
いかにもな格好で彼は公園のベンチに座っていた。
手にはマックシェイクというアンバランス。

彼は私の姿を認めると、シェイクのカップを無言で差し出した。
私が首を振ると、緩慢な動きでカップをひっこめる。
「飲まないの?」
尋ねた。
「…甘くて不味い」
「なら買わなきゃいいのに」
少し考えるようにしてから彼は答えた。「興味本位」

彼はカップの蓋をはずすと、中身を地面に少したらした。どこからともなく集まってきた蟻が、集団でそれに群がる様を穴の開いたような目で見つめている。

「仕事楽しい?」
「別に」
「じゃあ辛い?」
「特に」
「どうして今の仕事を?」
「さあ」
「世襲制とか?」
「違う…けど、少しそう」

少しそう。
私は首をかしげた。
「ある日気がついたら、そうなってる。みんなそうだ。望んだわけでも望まれたわけでもない。ただ、そうなんだ」
蟻が溶け出したシェイクの海で溺れている。
「…それは嫌だねぇ」私も彼と一緒に視線を落とした。
「別に」
彼はカップの中身を全部地面にまいて、ゴミ箱へ投げ入れた。
かつんとふちに当たって、綺麗に中へ落ちる。

「…知ってる人の命をとったことがある?」また尋ねる。
彼はこくりとうなずいた。
「公園でぼんやりしていたら、話しかけて来た奴がいた。しばらく話していたら、携帯が鳴った。いつも仕事はメールでくるんだ。あの世も進歩したもんだ。次の死亡者の名前と死因だけの事務的なもんだけどな。ちょっと前まではポケベルで、その前は鳩だった」
「鳩?」
「うん。伝書鳩。足の筒に死人の情報が入ってる」
「ほんとに?」私は笑った。
「そう。鳩はどこでも自由に飛んでいけるからな。黒電話よりよっぽど融通がきく
まあとにかくそのメールに載ってたのが、たまたま話してた奴だったんだよ」
そうか、と私はつぶやいた。悲しかったね、とも言った。
彼はコートの内ポケットから煙草を出した。とんと箱を振って、飛び出した一本を加える。
「別に悲しかねぇよ。人はみんな死ぬんだ。多少のタイムラグがあるだけさ…こういうのは、女にゃ向かねえ仕事かもな」
それだけ言うと、彼は煙草に火を点けた。うまそうにゆっくりと吸い込む。

人はみんな死ぬんだ。

ぴりりと電子音が鳴った。彼は今度はコートの右ポケットから携帯を出す。最新機種なことにまた笑えた。
開いたフリップを無言で見つめる彼に、また質問を投げ掛けてみた。
「ところで死因って必要なの?」
んぁ、と間の抜けた返事をして、彼は顔を上げた。初めて見るその瞳は、漆黒の闇をともしていた。
彼は質問には答えずに、携帯の画面を私に見せる。

「…どうして?」
載っているのは、私の名前だった。冷たいゴシック体で、他人の名前のような顔をして。
「そうやって訊く奴がいるから必要なんだよ」
親指で画面をスクロールさせる。

―死因、心臓麻痺

ぱちんと音をたててフリップを閉じると、彼は私の手を取った。
「行くぞ。心配すんな、あの世はいいとこだ。税金ないしな。まずは就職面接から。次は公団の抽選。忙しいぞ」
私はまた笑って、足元の自分の体をまたいで、手をひかれるまま歩き出した。
大きくて、乾いていて、暖かいてのひら。
まるで愛のように優しくて、恋のようによそよそしい。

「…ねぇ、税金ないけど就職面接ってことは、所得税は払わなくていいってこと?」
「…お前は質問ばかりだな」

溜め息と苦笑混じりで。
空へ続く階段を登って。
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by nyankoya | 2006-04-11 21:08 | 創造の森

幽霊

マンションの隣りに廃屋があったのでした。
その解体がついに始まりました。
周りをぐるりと密閉していたトタン板がはずされると、なんと中には魚屋、肉屋、八百屋、佃煮屋。
地図によれば、そこは「市場」となっているそうな。
昔はさぞかし賑わっていたことでしょう。
2階の住居も壁を剥されて、畳を上げられていました。
人の心の残滓が微かに漂っていて、私はしばし廃屋の前で口を開けていたのでした。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

オルゴールが鳴り出すと、幽霊が現れるのだ。

壊れて傾いた看板の下をくぐって、
割れた硝子を踏んで、
軋む階段の所々抜け落ちた階段には気をつけて。

いつも現れるそれは少女の姿に老婆の瞳。
愛しげに壁をなぜたかと思うと、忌々しげな仕草で畳の床を踏み鳴らす。
忘れ去られたハンガーと電球の傘が、夜風に頼りなげに揺れる。

かつてたくさんの人間が通り過ぎていったこの場所。
少女は懐かしく目を閉じる。
残されていった魂のかけら。
掻き集めて、ライスシャワーのように降らせて遊んでみる。
そのきらきらと儚いこと。

ぽっかりと開いた天井の穴から、月明りが差し込む。
胸に腹に手足に落ちる柔らかな光。

もうすぐこの家とともに消え去るのだ、自分も。

せめてこのかけらたちが昇華されていくのを見届けて。

今はもうない、誰かの心のために。
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by nyankoya | 2006-03-09 09:36 | 創造の森

神獣

今年も残すところあと数時間です。
2005年という年は私にとって激動の年でした。
転職してみたり引っ越してみたり年末に給湯機がこわれて水浴びしかできなくなってみたり。
ブログを始めてみたり。

実はオフラインの身近な人々にはまったく内緒なので、不安だったんですが、なんとかぼちぼちと見に来てくれる方々がいて、ほんとによかった…(nyankoyaはスーパーびびりなのです…)。

みなさんほんとにお世話になりました。
また来年もよろしくお願いします!

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

暗闇に、ひとすじの光明。
その冷たく鮮やかな月光の下、一年がゆっくりと頭を垂れる。

祈るような沈黙。

野外ホールでは、秒針のテンポで奏でられる「ボレロ」。
指揮者の正確なタクトが細い細い金の軌跡を描く。
張り詰めていく空気。
それはまるで指先で弾いたら、硬質な音が生まれそうなほどに。

オーケストラの長いクレッシェンドに合わせて、一年はその感覚のすべてを研ぎ澄ます。
間違いがあってはならない。
ほんの一瞬のタイミングを決して逃さぬように。

刻一刻とせまる時間。砂時計の最後の一粒が落ち切る瞬間に向けて、オーケストラが最上級のフォルテシモへの階段を駆け上がる。

そしてすべての針が重なる瞬間に時を止めて。

咆哮

指揮者がそっとタクトを降ろし、一年の咆哮に静かに耳を傾ける。
低く高く空に放たれた咆哮は、大気中を駆け巡り、ケガレをすべて巻き込んで虚空の彼方へと吸い込まれていった。

役目を終えた一年は、その場にどうと倒れると、後ろから駆けて来た新しい一年に一瞥をよこして、静かに消えていった。

かくて残されたのは、まっさらな一年と、ケガレなき清涼な大気。

無事に動き出した時を祝う幻のファンファーレを聴きながら、私はそっと目を閉じた。
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by nyankoya | 2005-12-31 18:16 | 創造の森

福音

さて、ここにいるのは一匹の羊。
小さく、無力で、無垢な存在。
行き先も知らず、己が成すべきことも知らない。
ただ、心穏やかに聖夜を過ごす。
その意味も知らず、また祈る手も持たない。
ただ、生きて死ぬだけ。

それこそが羊の大義。

それを知ることこそ智。

それを知らぬことこそまた恥。

聖夜を聖夜と知らぬ羊は、ただ星空を眺めて明日を思う。
その草の柔らかさ、その風の優しさ。
夢を紡ぐ糸の頼りなさ。
夜の檻の手触り。

また巡る日々の美しさ。

「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」

(ルカによる福音書より)
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by nyankoya | 2005-12-25 23:35 | 創造の森

ピアノ

ピアノの音が好きです。
好きな音楽も、ピアノが効いているものに無意識に偏っているようです。

木と金属の中間の、あのまろやかな音
いつまでも聴いていたくなります。

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ドシラソファ

ミレド

ソ#

シシソ#ラシソ#ミファ#ソ#ミ

C

Cm7

F#m

空気をふるわせる音を
虚空を突き抜け音速でかけめぐるパッセージを

指先からほとばしる音は、いつしか鮮やかな光の帯となり
かの人をとりまく

無限
有限
天上
天下

やさしくめぐる、懐かしい遠雷
トリルの先端にそっと避雷針を立てて
両手を翼のように広げて
目を閉じれば
風満ちる空の城

やがてゆるやかな螺旋を描いて地に落ちるは、
つやめく青い種

最後の和音を弾ききったら
湿った布にくるんだ種を鍵盤に乗せて、そっと蓋を。

茂る葉と弦の先に実るはうつくしき黄金の音符
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by nyankoya | 2005-12-03 18:33 | 創造の森


日々目に映るものを、愛でてみたり憎んでみたり。コメント・TB・リンクなど頂くと、ちょっとどうかと思うくらい喜びます。
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