猫屋仲見世通り

猫と好奇心

子供の頃、自分がこの世にいるのが不思議でなりませんでした。

どうして生まれて来たのか、ということではなくて、この世界そのものが。
「私」に意識を集中させると、手に触れているもの、目に見えているもの、耳に聞こえているものすべてが、急に妙に思えて来るのです。
「私」ってなんだろ。
「ここ」はどこだろ。
「明日」って?
「昨日」って?
「今」って?

そう考えると急に世界が見知らぬものに思えて、とても怖くなってどきどきする。
足元が脆くなった気がするのです。

目の前を通り過ぎる、私でない人々が、みんな自分を「自分」と認識していて、世界に存在している。
「私」が私だけではないということ。
私が知らない世界が無数に存在しているということ。
大きな海に身一つで放り込まれたような心細さ。

それでも、一人でいる時たまに、わざと意識を「私」に集中させて、世界と足元のゆらぎを感じて、そのスリルを楽しんでいました。
暗い子だったのです…。

でもそれが、誰にも内緒の、私一流の一人遊びでした。

それをやった後は、決まって怖くなって、母にまとわりついていたのに。

今でも時々やってみます。
ちゃんとできる。
でもあの頃のような恐怖もスリルも、もうそれほど感じない。
世界が、思っていたほど広くて美しいものではないと、知ってしまったからでしょうか。
それとも、世界の何かを、大人になることで、諦めて完結させてしまったからでしょうか。
それとも、少しは足元に自信ができたからでしょうか。


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目を閉じて、闇にくるまる。
じんわりと暖かく、でも目の奥だけがひんやりとする。
奇妙な感覚。
するすると落ちて行く。
滑らかで生温い闇の底で、真理に出会う。

「世界のすべてを教えてあげようか」
真理が言う。
しゃがれてて、変に甘くて、誘うような声色。
私は起き上がって、真理の顔を凝視した。
よく見えない。
黒いマントを着て、ぼんやりと光っている。
「これならわかりやすいだろう?」
言って、私に顔を近付ける。
真理の顔がチェシャ猫になった。

「この世のすべてが見たくない?」
シャンソンのように甘く、憂いを含んで。

私は答えない。答えられない。
好奇と恐れがシーソーゲームをする。

「…悲しみ、喜び、妬み、嫉み、愛情、恋情、幸福と不幸。お前の中のすべてを、あの子の中のすべてを、知りたいとは思わない?」
闇にも白い手を差し出した。
この手を取ってしまっては、知ってしまっては、きっと二度と戻れない。

「本当の本当を知るのと、お前がお前のゆがんだ世界を、大人になっても決められずに彷徨うのとどっちがいい?」

シーソーが、好奇心の方へ、かたりと乾いた音を立てて傾いた。

「私は」
かすれた声で答えた瞬間、がらりと背後でふすまが開いた。
肩をつかまれて力一杯後ろに引き戻された気がした。

「ご飯よ」
母の声。
私は冷や汗をかいて、自室の畳に座っていた。
母は、またぼーっとしちゃって、と呆れた声を出した。
その顔を見て、思わず安堵する。

あの手を取らなくてよかった。
だって好奇心は猫を殺すのだから。
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by nyankoya | 2006-07-11 09:24 | 心の裏側
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