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猫屋仲見世通り

晩夏の街

ちょっと気を失っておりました。
特にどうだというわけではないのですが、出力の機能が低下しているというか…。
停電したり、急に滝のように雨が降ったり、東京は忙しいですな…。

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最近街角で奇妙な人を見掛ける。
壁にぴったりと寄り添って、何やらぼんやりと光るものを手にして、惚けたように立ち尽くしている。
心なしか、輪郭が溶けているようにも見える。

彼らは毎日そこいらじゅうにいて、男だったり女だったり、じいさんだったりばあさんだったりする。
増えるでもなく、減るでもなく、不思議と子供の姿はない。

八百屋のおやじに訊いてみた。

「あれかい?ありゃあ、今ぐらいの季節になると決まって出るのよ。別に害はないよ。得もないけど。俺も若い頃にやったなぁ。結構いいもんだぜ。すっきりするし。まぁ、衣替えみたいなもんだな。」
く、クスリかなんかですか?
おやじはがははと笑って、大根を20円おまけしてくれた。

朝の散歩をしていると、通勤のサラリーマンと擦れ違った。
はて、どこかで見たような、と首をかしげる。
その紺の背広を振り返って、思い出した。
昨日、郵便局の前で惚けていた人だ。
あんなに薄くなってとろとろになっていたのに、今日はすっきりと、晴々しく歩いている。

なんだか俄かに羨ましい。

夕方、また八百屋のおやじと話す。

「羨ましいってもなぁ…。ありゃあ望んでなれるもんじゃねぇのよ。なんつーか…なるべくしてなるもんだしなぁ。ま、あんたもそのうちな。」
そう言って、オクラをふたつ、おまけしてくれた。

ビニール袋をぶらさげて、ゆらゆらと歩く。
視界の端に入る彼らは、相変わらず満たされたように溶けている。

乾物屋の角を曲がった時に、ちょいちょいと肩を叩かれた。
振り向くと、惚けた女の人が、その手の光るものを、私に差し出していた。
若くて太めで、ゆるゆるとスカートの裾が溶けている。
とまどっていると、彼女はさらに、私の顔の前にそれを差し上げる。
おずおずと受け取ると、とたんに私の輪郭が溶け出した。
蜜のように濃厚で、香ばしいものに飲み込まれる。
視界が、薄い膜が張ったようにぼやけて、風に揺らぐ。
手にした光は、軽く暖かで、微かにさらさらとうごめいている。

なつかしく
あたたかく
あまく
かなしく
さみしく
いとしく


ぼんやりと溶ける意識の中で私は、

夏が終わることを知った。
# by nyankoya | 2006-08-28 09:18

たゆたう

実はジムに通っています。
運動はからきしだめなのですが、ひとりで勝手にちんたら走ったりするのは大丈夫なようです。
要するに自分勝手ということか。

ジムのプールでよく泳ぎます。
水が大好きなのですが、泳ぎはへたなので、きっと前世は深海魚か海草だったような気がします。
これまたちんたらと、平泳ぎばかりしているのです。

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爪先から、そっと差し入れる。

きらきらと波打つ水面は、いともたやすく壊れ、私をつるりと受け入れる。
塩素の匂いを、肺いっぱいに吸い込んで、壁を両足で蹴る。
ごうっ、と体が水をかきわける音が聞こえる。
けのびを十分にしてから、私はおもむろに足を動かす。
水が肌をすきまなくぴったりと覆っている。
吸い付くように。包むように。
変幻自在の分子たちが私をゆるく閉じ込める。

その感触
その温度

しん、と耳が遠くなって、さわさわさわ、と体内を巡る血液の音がする。

さわさわさわ

私の中の水
私の外の水

巡る

太古の記憶までもう少し。
# by nyankoya | 2006-08-10 20:10

黄昏映画館

梅雨が明けました。
最近朝はお米です。
ついに寝室の壁一面を本棚にしました。
会社近くの二番館の映画館がマイブームです。
以上近況。

子供の頃、かんしゃく持ちの父に、母と家を締め出されては映画館に行きました。
まだ完全入れ替え制の映画館が少なかった時代です。
幼い私にもわかるコメディーやディズニーアニメなんかをよく観ました。
思いきり笑えるのに、背後にいつもつきまとう不安と心細さ。
あのなんとも空虚で悲しい気持ち。
未だにコメディー映画を観ると、奇妙にゆがんだ気持ちになります。
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その映画館は海辺にあった。

砂浜の続きのような白い壁の、空の切れ端のような青い屋根の。

上映作品は出ていない。
チケット売り場も無人。

受付をすり抜けて、赤い革張りのドアを押し開く。
ちらほらと人の頭が見える。見たところ全員女性のようだ。

前から3列目の真ん中に座る。
斜め前の座席に、おかっぱの女の子。
やがて照明が落とされ、小さなスクリーンに、映写機の明かりがはたはたと落とされる。
かたりと音がして、隣りの座席が下げられた。小さな女の子が腰掛ける。
赤い縁の眼鏡に、映写機の光が反射する。
彼女は私の方に顔を向けると、唇に人差し指をあてた。

かーってうーれしーいはーないーちもーんめ

女の子たちが手をつないで向かい合っている。

まけーてくーやしーいはーないーちもーんめ

はじっこにいるのはあの頃の私。
どことなく所在無げにしている。

あーのこーがほーしい
あーのこーじゃわーからん

そうだ、このあとみんなが「私はいらない」と言い出して、泣いたんだった。

少女たちの後れ毛が夕日に光る。
誰かが後ろの方で席を立った気配がした。

画面が中学校の校舎に切り替わる。
音楽室のピアノ。
黒板に「4時合奏」の文字。
真剣な顔で楽器を組み立てる私。

前の席に座っていたおかっぱの女の子が立ち上がった。
スクリーンをバックに、白く顔が浮かび上がる。
制服の肩の線。懐かしい、褪せたような紺の箱ひだのスカート。

あ、と私は小さく声をあげる。
それは中学生の私だった。
学校指定の鞄を下げて、平然と歩いて行ってしまう。

彼女の後ろ姿を見送る間にも、場面はどんどん進んで行く。

高校生の時、初めてアルバイトをした駄菓子屋。
ひどい振り方をしてしまった男の子。
サークルの部室。
食堂で友達としたくだらない話。
アルバイトをしていた本屋の制服。
一人暮らしをしていた部屋。
最初に勤めた会社の、趣味の悪い壁紙のエレベーター。

場面が切り替わる度、ひとり、またひとりと、背後の気配が去って行く。

そして映し出されるのは、映画館。
砂浜の続きのような白い壁の、空の切れ端のような青い屋根の。

私の後ろ姿が赤い革張りの扉を押し開ける。

「ここでお別れ」

ふいに隣りから少女の声。
赤い縁の眼鏡の、幼い私。

「未来は観れないの」
あなたは?あなたは過去の私ではないの?

小さな私は首を振った。
「よく似ているけど違うの。私はあの日あなたが置き去りにしたもの。また違うあの日になくしてしまったもの。少しずつ降り積もった澱。いつの間にかついた染み。そういうものの寄せ集め。だから、あなたであって、あなたでない」

そう言って、小さな手で扉を示す。
なんだかもっと訊きたいことがあるはずだった。
でも思い出せずに、私は席を立つ。
暗い通路をゆっくりと歩く。
最後尾に座る、幾分皺の増えた私と会釈をかわして、重い扉を開いた。
映画館を出ると、少し先に見えるバス停にバスが止まっていた。

最初は歩いて、ややあって駆け出す。

あのバスは、往くべき場所へ連れて行ってくれるだろうか。
# by nyankoya | 2006-08-01 20:14 | 心の裏側

雨の日に

雨が止みませんね。
このまま夏が戻らずに、ずうっと雨に閉ざされてしまうのでは、と心配になります。
風の谷みたいに。

降っても晴れても、日々の営みを絶やすことは出来ません。
それは天気も心も一緒ですね。

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雨の日はなくしたものばかりを思い出す。

お気に入りだった猫の傘。
いるかのキーホルダー。
割ってしまった鉢植え。
霧雨を背に「ごめん」とつぶやいたあなた。

外は雨。
ひたひたと降りしきる。

季節はずれのホットコーヒーに、ビスケット。
薄い文庫本に、アイリッシュハープとギターのデュオ。

茶色い栞ひもを指でなぞりながら、また、なくしたものに思いを馳せる。

水玉のハンカチ。
透かし編みのカーディガン。
緑のキャスケット。
「誰かの子」であるということ。
庇護という名の鳥籠。

窓の外を、白いセダンが横切った。
他人ばかりの喧騒。
知らない人々。

これくらいがいい。
少し寂しいくらいがちょうどいい。

最後のひとくちを飲み干して、席を立つ。
帰り道には、花屋に寄って、緑のはっぱの苗を買おう。
雨が降る度に育つもの。

雨の日に手に入れたもの。
# by nyankoya | 2006-07-25 09:13 | 日々の類似品

猫と好奇心

子供の頃、自分がこの世にいるのが不思議でなりませんでした。

どうして生まれて来たのか、ということではなくて、この世界そのものが。
「私」に意識を集中させると、手に触れているもの、目に見えているもの、耳に聞こえているものすべてが、急に妙に思えて来るのです。
「私」ってなんだろ。
「ここ」はどこだろ。
「明日」って?
「昨日」って?
「今」って?

そう考えると急に世界が見知らぬものに思えて、とても怖くなってどきどきする。
足元が脆くなった気がするのです。

目の前を通り過ぎる、私でない人々が、みんな自分を「自分」と認識していて、世界に存在している。
「私」が私だけではないということ。
私が知らない世界が無数に存在しているということ。
大きな海に身一つで放り込まれたような心細さ。

それでも、一人でいる時たまに、わざと意識を「私」に集中させて、世界と足元のゆらぎを感じて、そのスリルを楽しんでいました。
暗い子だったのです…。

でもそれが、誰にも内緒の、私一流の一人遊びでした。

それをやった後は、決まって怖くなって、母にまとわりついていたのに。

今でも時々やってみます。
ちゃんとできる。
でもあの頃のような恐怖もスリルも、もうそれほど感じない。
世界が、思っていたほど広くて美しいものではないと、知ってしまったからでしょうか。
それとも、世界の何かを、大人になることで、諦めて完結させてしまったからでしょうか。
それとも、少しは足元に自信ができたからでしょうか。


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目を閉じて、闇にくるまる。
じんわりと暖かく、でも目の奥だけがひんやりとする。
奇妙な感覚。
するすると落ちて行く。
滑らかで生温い闇の底で、真理に出会う。

「世界のすべてを教えてあげようか」
真理が言う。
しゃがれてて、変に甘くて、誘うような声色。
私は起き上がって、真理の顔を凝視した。
よく見えない。
黒いマントを着て、ぼんやりと光っている。
「これならわかりやすいだろう?」
言って、私に顔を近付ける。
真理の顔がチェシャ猫になった。

「この世のすべてが見たくない?」
シャンソンのように甘く、憂いを含んで。

私は答えない。答えられない。
好奇と恐れがシーソーゲームをする。

「…悲しみ、喜び、妬み、嫉み、愛情、恋情、幸福と不幸。お前の中のすべてを、あの子の中のすべてを、知りたいとは思わない?」
闇にも白い手を差し出した。
この手を取ってしまっては、知ってしまっては、きっと二度と戻れない。

「本当の本当を知るのと、お前がお前のゆがんだ世界を、大人になっても決められずに彷徨うのとどっちがいい?」

シーソーが、好奇心の方へ、かたりと乾いた音を立てて傾いた。

「私は」
かすれた声で答えた瞬間、がらりと背後でふすまが開いた。
肩をつかまれて力一杯後ろに引き戻された気がした。

「ご飯よ」
母の声。
私は冷や汗をかいて、自室の畳に座っていた。
母は、またぼーっとしちゃって、と呆れた声を出した。
その顔を見て、思わず安堵する。

あの手を取らなくてよかった。
だって好奇心は猫を殺すのだから。
# by nyankoya | 2006-07-11 09:24 | 心の裏側


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